2012年の元日がやってきた。しかし、昨年から持ち越されているさまざまな課題がなかなか解決していないということもあり、どこか晴れやかな気持ちになれない正月である。
たまたま郡山から中継していたテレビの討論番組を最初から最後まで見てしまったが、とても複雑な思いがする内容だった。 とくにフロアに集まっていた郡山をはじめとする、福島県の人々の言葉がいくつも突き刺さった。 じつはちょうど1週間前のクリスマスの日、雪の降りしきる福島へ立ち寄り、そこで暮らす学生時代の友人と話をする機会があった。普通のごくあたり前の暮らしの中で、20数万円するという放射能の測定器を購入したり、農作物や水などの汚染状況をチェックしながら、幼い子どもを育てている話を聞いたばかりだったので、なおさらのことであった。 司会の田原総一朗氏がフロアの人たちに「福島から離れて暮らしたいと思う人」「福島に残って生きていきたいという人」とそれぞれ挙手させようとしたのを、地元の人たちがそんなことは一概に決められないと遮ったのはもっともなことだった。 番組の中では、放射能の中で生きていくこともリスクだが、単にそれだけで判断することはできず、たとえば家族と離れて暮らすことだってリスクであるという発言があった。 「私たちは、そうしたすべてのリスクを考えたうえで、私たちの生き方を私たち自身で選択したい。問題なのは、離れたくないのに強制的に避難させられる人と、離れたいのに経済的な保障がないために出ていけない人たちだ」 仮設住宅などにばらばらに避難していくことで、もともと存在したコミュニティが崩壊していくことの問題点も指摘されていた。 また、番組のタイトルが「フクシマ」とカタカナになっていることについても、差別問題などとも絡めて、地元の人から複雑な思いが語られていた。
昨日ニッポン放送の特別番組で「釜石の奇跡」を取り上げていた。小中学生約3000人がほぼ全員津波から逃げて助かったという。釜石市では、2005年から群馬大学教授の片田敏孝氏に依頼し、防災教育に取り組んできていた。
(以下、同日の読売新聞朝刊の記事も参考にしてまとめています) 片田氏が挙げた避難の3原則は以下の3つ。 1)想定にとらわれるな(子どもたちには、「想定」という言葉がむずかしいので、「ハザードマップを信じるな」と教えた) ※津波ハザードマップを見せると、津波浸水域外にある地域の人は安心してしまう。しかし、釜石のハザードマップは、明治三陸津波の浸水被害に基づいたものなので、それを見ただけで喜んだり心配したりしてしまうのは意味がない。 2)その場、その場の状況の中でベストをつくせ 3)率先避難者になろう! じつは、この3)が一番むずかしいことだと片田氏は言う。 どうしても「自分のことだけでなく、まわりの人のことも気遣うべし」という教育を日常的に受けている子どもたちには、いわゆる“同調圧力”がかかりやすく、率先して逃げるということに対して恥ずかしいような、なんか後ろめたいような感覚を持ちやすい。 しかし実際には、率先して避難行動をとる人がいることによって、他の人も逃げやすい状況になるのだ。 片田氏はもともと土木工学の専門家で、教育は専門外だったが、最初、釜石で一般向けの講演会を開いていたところ、来る人は毎回同じ人ばかりで、「来ない人とのチャンネルをどう作るべきか」考えた末思いついたのが学校での防災教育だった。 子どもから保護者へ、地域へと広げていきたかったが間に合わなかったという。 番組の最後で、「結果として数は少なく押さえることができたが犠牲者が出てしまい“負け”だと思っている。次の災害に備えて、取り組みをさらに続けていきたい」と力強く結んでいたのが印象的だった。
伊勢崎賢治氏の『紛争屋の外交論―ニッポンの出口戦略』(NHK出版新書)の中に、「貧困と援助のマッチポンプ」という項目がある。
-- まず外国企業やバイヤーが国を腐敗させる。結果、国家財政が破綻する。広範囲の貧困が生まれる。そこで国家の代わりにサービスを提供しますよと善意の仮面をかぶって国際援助業界が入っていく。同時に外国籍の民間会社がセキュリティまで提供する。 こういうのを「マッチポンプ」(マッチで火をつけておいて、自らポンプで消火すること。つまり自分で起こした困った事態を収拾して利益を得ること)といいます。(p29) -- こうしたマッチポンプの現象は、さまざまな分野に存在していて、それは単に営利企業の仕業だけでなく、むしろNPO・NGO・ボランティア団体といった非営利組織にも根強く巣喰っているように思う。 それがたとえ国際的な活動といった「仮面」を付けていたとしても、決して本質をとらえようとしない「善意」の個人や団体ほど陥りやすいジレンマと言えるのではないだろうか。 私たちは「本物」を見極める目を持ちたい。
震災後、さまざまなシーンで自粛ムードが広がる中(節電の過剰な呼びかけや、「挙国一致(あるいは“いまこそオールジャパンで”という便利な言い方も)」「こんなご時世に不謹慎…」といった言説など)、野田秀樹や三谷幸喜といった演劇人は数日の休演の末、公演続行を決断している。
野田秀樹さんの舞台挨拶はネット上でも読むことができる。 「劇場の灯を消してはいけない」 http://www.nodamap.com/site/news/206 三谷幸喜さんの新作「国民の映画」はチケット予約があっという間に売れきれるほど、期待されている作品だったが、震災後、キャンセルが増え、「3割ほど空席」というツイートを目にしたので、思い切って3連休の最終日に行ってみたら、やはり当日券で入ることができた。 三谷幸喜はいわゆる「赤毛もの」を避けてきたらしいが、「コンフィダント・絆」の成功もあり、以前から取り上げたいと思っていたゲッペルスを主人公とするドラマを書き上げた。 「笑の大学」にもつながる三谷お得意のテーマであるし、ここのところの政治とメディアの情勢を考えたとき、いろいろと考えさせられるところが大きかった。 今回の東日本大震災を東京で体験してから10日ほど経過しているが、いま一番感じていることは、仕方ないことではあるが、なんだか浮き足だっている世の中の空気である。 もちろん、東北を中心に被災地はいまたいへんな状況にあるし(メジローの友人知人がたくさんいる)、原発の問題も長期戦になりそうだ。 しかし、「自分にいま(これから)何ができるか(継続的に関わっていけるか)」を考えたとき、やはり冷静な情報収集と分析、そして平常心を取り戻していくことが一番大事だと考えている。 人それぞれ専門分野や得意分野があるので、自分として一番しっくりいく分野で、本当に必要なサポートのあり方を一緒に考えていきたいと思っている。 この機に乗じて、自分の勢力を伸ばそうとしたり(いわゆるプロパガンダ!)、自分の主張を声高に叫ぶことだけは極力避けたいと思っている。(ちなみにゲッペルスは、それとはわからないように忍ばせる宣伝技術に気づいていたらしいが) パフォーマンス的なチャリティや一方的なボランティア活動だけで発想するのではなく、持続可能なシステムのあり方をいまこそ考えていきたい。
しばらくごぶさたしてしまいましたが、世の中は2011年(平成23年)を迎えました。
今年の7月からデジタル放送が映らなくなるブラウン管のテレビが全国で8万台も不法投棄されているという新聞報道がありましたが、一方で「テレビ」「新聞」という旧来メディア自体が新しいソーシャルメディアの流行に少なからず影響を受け、足元が揺らぎ始めていることを考えると、この記事自体がいささか象徴的な感じがしないでもありません。 メジローは2011年こそ「メディアの多様性元年」になるといいなと思っています。 たまたま昨年COP10(生物多様性条約第10回締結国会議)が日本で開催されましたが、なぜ生物の多様性が大切かということと同様、人間社会における多様性、そしてメディアやコミュニケーションの多様性はとても大切です。 ではメディアにおける多様性を大切にするとはなにか。 メディアの大小、利用者の人数、発信者のステータスなどにかかわらず、各メディアは同等に扱われるべきだと思います。 複数のメディアを自分の好みで選択できる環境が望ましく、当然メディアはTPOによって併用されるのが理想です。 一番やってはいけないシナリオは、ある特定のメディアの影響力を維持するため、あるいは伸ばすために、他のメディアの存在をいたずらに攻撃したり、否定したり、抹殺しようと試みることでしょう。(もちろん、相互のメディア間において、それぞれのメディアの特性をクリティカルに評論しあうことは必要だと思います) とくに日本の社会において、包括性(インクルージョン)ばかりが強調され、受け入れられやすい反面、多様性(ダイバーシティ)のほうは排除されやすく、画一性に陥りがちな風土や空気(!)が充満していると感じることが多くあります。あくまで包括性と多様性は常にセットで考えなければならないと思います(多様性をそのまま包括すること!) メジローが代表を務めている読書工房も、こうした観点を大切に、これからも地道な出版活動に取り組んでいきたいと思います。 2011年3月には、読書工房の創立7周年を記念して『多文化に出会うブックガイド』(世界とつながる子どもの本棚プロジェクト・編)を出版します。 みなさん、今年もどうぞよろしくお願いいたします! ![]()
毎日新聞の野沢和弘論説委員が「オランダ雇用革命」という連載記事を書かれている。
http://mainichi.jp/life/job/news/20100814ddm013100103000c.html もともとワークシェアリングを先進的に導入してきたことで知られているオランダだが、実際、オランダの失業率は他の先進国と比べても低く押さえられているらしい。 その背景には、「フレキシキュリティー」という新しい政策があるという。なかなか聞き慣れない言葉だが、労働市場の柔軟性(フレキシビリティー)と雇用の保障(セキュリティー)をあわせて作った造語だという。 連載の「下」では、障害者の就労支援についてもふれている。 http://mainichi.jp/life/job/news/20100904ddm013100126000c.html 野沢さんは、反射鏡というコラムでも「なぜオランダのサッカーは強いのか」というエッセイを書かれていて、次の言葉を紹介している。 「世界は神がつくったが、オランダはオランダ人がつくった」。 これは、海を干拓しながら国土を広げてきたオランダを象徴的に語っている言葉であるとともに、近年、安楽死や同性婚を認めるなど、場合によっては宗教的に意見が大きく対立するような、きわめて「実験的な」法律を実現していることを象徴している言葉でもあるだろう。
たまたまNHKテレビの「特報首都圏」という番組で、非ネイティブにとっての英語について取り上げていた。
最近、英語を公用語化する日本企業が増えてきているらしく、それをきっかけに企画された番組のようだ。 番組の趣旨は、細かい発音や正しい文法にはとらわれず、英語をコミュニケーションの道具として使ってみてはというものだった。 面白かったのは、明星大学での、子どもを対象にした「英語を道具として使うワークショップ」の様子。 ワークショップを運営している大学生たちは、すべて英語が母語でない学生ばかりが選ばれている(日本人のほか、韓国やドイツの学生など)。その打ち合わせを英語で行っている様子が映されていたが、わからない単語が出てくると、知っている単語を駆使して、何とかコミュニケーションを図ろうと悪戦苦闘する。 一般的には英語を学ぶ場には、ネイティブスピーカーが不可欠であると考えがちである。 しかし、英語を単なる「道具」あるいは「手がかり」(英語の単語であれば、非ネイティブであっても、比較的知っているものがある)として考えるならば、このような手法をとることによって、気楽に英語を試運転してみることができそうだ。
つい最近まで約1年ほど、ライターの武藤歌織さんと交替で「新文化」という出版社や書店向けの業界新聞に「読みたい!の現場から」という連載コラムを執筆した。
その第6回で、長谷川貞夫さんに、図書館での「対面朗読」が誕生したエピソードを伺っている。 日本中が大阪万博で盛り上がっていた1970年頃、都内の大学で学ぶ視覚障害学生たちが中心となり、都立日比谷図書館と国立国会図書館へ「自分たちにも利用できるように門戸を開いてほしい」という運動(門戸開放運動とよばれていた)を起こしていた。それを受けて、日比谷図書館は、希望の図書を録音し、視覚障害者に提供するサービスを開始することとなった。 ちょうど同じ頃、盲学校の教員で、自身も視覚障害者だった長谷川貞夫さん(当時35歳)は、自動点訳と自動代筆(後の視覚障害者用ワープロ)を研究テーマにしていたため、たくさんの本を読む必要があった。 そこで、当時の録音媒体として主流であったオープンリールテープに本の内容を録音してもらおうと考え、録音図書サービスを開始したばかりの日比谷図書館に打診したのだ。 ところがその返事は、「新書程度の本でも、完成までに3か月~半年かかる」というものだった。 「読みたい時に読めなければ役に立たない」と考えた長谷川さんは、当時日比谷図書館の館長だったフランス文学者の杉捷夫(すぎ・としお)氏に、「自分が図書館へ行くから、直接目の前で読んでほしい」と提案。それが受け入れられることとなり、週に1度「目の前で読むサービス」の実験が始まったという。 先日、長谷川貞夫さんとお電話でお話する機会があった。その時の長谷川さんの言葉は、とても印象的だった。 「昔は情報を得るために、自分たち視覚障害者が図書館までわざわざ出かけていかなければならなかったけど、その後、電話やインターネットが発達し、今では自宅にいてもサービスが受けられるようになった。言ってみれば、一人ひとりが図書館を持ち歩ける時代になったのではないか」 対面朗読の実験から40年が過ぎた今でも、長谷川さんは、携帯電話を使った視覚障害者へのテレサポート(遠隔サポート)、盲ろう者が使える電話(ヘレンケラーホン)などの開発を続けている。
日本テレビのドキュメント'10「カツドウカ、政府へ」は、昨年秋、貧困問題解決のため、副総理からの依頼で内閣府参与になり、最近辞任することを表明したばかりの湯浅誠氏を数ヶ月間密着取材したドキュメンタリー。
30分番組につき、本当に「垣間見る」感じではあるが、湯浅氏の「苦悩」をベースに編集されている。 たまたま、『岩盤を穿つ』(文藝春秋)というエッセイ集を最近読んだばかりだが、湯浅氏のスタンスの取り方には非常に共感をもっている。 理屈をもてあそんだり、立場を固めたりする前に、一人ひとりの現場を大切にする感覚。または一つひとつ問題を解決していこうとする力。 これはメジローが取り組んでいる分野にもまさに共通する。 黒塗りの公用車で移動する場面で、湯浅氏はつぎのようにつぶやく。 「自分を信じてませんから。もし1年もこんなことを続けていたら、きっと慣れてしまうでしょう」 オリンピックセンターを公設派遣村とすることが決まったのだが、当初、申込者はたった4人しかいなかった。 これは、行政が効果的に情報を提供しようとする姿勢や発想に欠けているためである。 そこで湯浅氏の働きかけにより、首相がビデオメッセージを収録することとなり、ユーチューブにアップすることから、地上波のテレビニュースでも映像が流れるようになる。 そうして500人を超える人たちが入所することとなったが、それ以降も、行政の縦割りの壁に次々とぶちあたっていく。 この番組が浮き彫りにしていたのは、なんといっても「情報」が必要としている人に伝わっていかない「もどかしさ」である。 この番組を見ていて思い出したのは、大きな震災が起きた後などに、さんざん議論されたメディアが本来果たせるはずの役割についてである。 単に傍観者の立場から、「××さん(仮名)△△才」の一日をモザイクを入れながら密着するだけではなく、本来メディアが持っているはずの「情報を伝える力」を活用することはできないものだろうか。 (これは、この番組が何度も取り上げてきた「ネットカフェ難民」の取材でも感じるところである)
家から事務所までの往復時にはたいていiPodで音楽かポッドキャスティングを聞いていることが多い。
音楽を聞くときはシャッフル機能を使うことがほとんどだが、思いがけずいろいろな発見があり、面白い。 たとえば、さだまさしの「雨やどり」が流れたあと、たまたまカーリー・サイモンが歌うスタンダードナンバーの「オーバー・ザ・レインボウ(虹のかなたに)」が流れ、結構似ている曲調であることに気づいたりする。 休日に事務所に出るときには、池袋の喫茶店でモーニング・セットなどを食べながら、新聞や雑誌をとっかえひっかえ読むことが多い。 たとえば毎日新聞で、岡澤憲芙氏が「人口でも有権者の数でも女性のほうがマジョリティであるにもかかわらず、日本における女性国会議員がまだ2割に満たないのは問題だ」と論じている文章を読んだあと、産経新聞を開くと、論説委員が、最近結婚指輪をはずしている女性が増え、逆につけている男性が増加している。あと数年で逆転するだろうといった話題から、夫婦別姓への懸念までを説いてしまうエッセイに出会ったりする(論理はかなり破綻している文章なのだが、全体を情緒的にまとめているため、同じ考え方をもつ人の琴線には触れるのだろう)。 じつは私自身、特定の新聞を買わなくなって久しいのだが、複数の新聞を購読するだけの経済的余裕もなく、限られた時間の中で、できるだけザッピングしながらさまざまな文章や、ものの考え方に触れるように努力している。 これも喫茶店で手にとることが多い週刊新潮に連載されている藤原正彦氏のエッセイの中で読んだ話。 昔、筆者の元にアメリカから友人が訪ねてきたとき、日本では街中に書店がたくさんあり、にぎわっていることにたいへん驚きをしめしたのだという。インターネットの普及以前、一般的なアメリカ人は新聞の書評を読んで出版社に直接注文するか、会員制のブッククラブで購入するしかなかったという。 たしかに書店もザッピングの場として、昔から機能していたんだなということに気づく。 「読書の自由」を語るときに、与えられるものを吸収することだけではなく、「自立していること」が大きな要素であると思う。ある程度の幅が確保されている中で、きままにザッピングできる場が保障されていることが大事なことなのかもしれない。 < 前のページ次のページ >
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